3日目:放課後〜夜

運命の夜

 セーブデータ上のタイトルは「放課後~夜」に突入してますが、運命の日当日の登校シーンもこの節に該当。活気が溢れた朝の校舎を見て、鮮血神殿を士郎は強烈な違和感として検知します。士郎がこういう「場の異常」に敏いことはこの後でも描写される次第。

 衛宮くん、魔力感知はできないクセに場所の異常には敏感なんだもの。まさかこんなに早く、校舎中の呪刻を消せるとは思わなかった

Fate stay/night UBWルート6日目

 固有結界に通じる性質から来るようでもあり、東洋思想的に開かれた「気の巡る」衛宮邸で育った彼らしくもあり、また基本理詰めなくせに本質には一足飛びにジャンプしてしまう彼らしくもあり、どう読むにせよ士郎のキャラクターとして非常にはまる特性と思います。

 この時代の学校の土曜日は午前だけの半ドン。馴染みの有無で年齢がバレる所ですが、さてここからがタイトル通りの放課後。物語の開始の引金となる、慎二が士郎に自分の掃除分担を押しつけるシーンです。

「やる事もないクセにまだ残ってたの? ああそうか、また生徒会にごますってたワケね。いいねえ衛宮は、部活なんてやんなくても内申稼げるんだからさ」
「生徒会の手伝いじゃないぞ。学校の備品を直すのは生徒として当たり前だろ。使ってるのは俺たちなんだから」
「ハ、よく言うよ。衛宮に言わせれば何だって当たり前だからね。そういういい子ぶりが癇に触るって前に言わなかったっけ?」
「む? ……すまん、よく覚えていない。それ、慎二の口癖だと思ってたから、どうも聞き流してたみたいだ」
「っ――――!
 フン、そうかい。それじゃ学校にある物ならなんでも直してくれるんだ、衛宮は」
「何でも直すなんて無理だ。せいぜい面倒見るぐらいだが」

Fate/stay night 共通ルート3日目

 暖簾に腕押しの極み。「そんな下心はないぞ」とでも士郎がムキになってくれれば慎二の土俵。ところが、士郎はもちろん内申なんぞ気にもしてないけど話はさらにそれ以前。
 そもそも士郎の視点は「自分が」じゃない。「生徒という存在が備品を直すのは当たり前」っていう原則、一つ上のレイヤーで物を考えているので、この会話は根本的かつ徹底的に噛み合っていない。ここで士郎が、「自身が侮辱されたこと」に言及してくれたら、慎二は「我が意を得たりとマウントがとれる」というだけでなく、「士郎が自分側に歩み寄ってくれた」という意味でも実は嬉しいんじゃないかなぁ。

 また、「何でも直すなんて無理だ」という発言も、士郎が「できることとできないことが見極められる人間であり、かつできないことをできると大言壮語しない」ことを端的に示しており、布石が入念です。
 これら布石があるから、この後で彼が「自分で戦う」と言い募るのが彼の性分として不自然であることと、その違和感の導くものが見えてくる。この物語、本格始動する前に置かれた布石をどれだけ把握しているかで見えるものが全く変わってくるところに怖さがあります。

 さて、問題の弓道場掃除シーンです。ちなみに、 PC版から「カーボン弓と竹(木)弓の比較への言及」が消えているのですが、あまり重要でないので割愛。

 これだけ広いと時間がかかったが、一年半前まで使っていた道場を綺麗にするのは楽しかった。
 途中、一度ぐらいならいいかな、と弓を手に取ったが、人の弓に弦を張るのも失礼なので止めておいた。
 弓が引きたくなったのなら、自分の弓を持ってお邪魔すればいいだけの話だし。

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「弓は好きだけど優先するべき事じゃない」とさらりと流す士郎が、それでも「一度くらい」なんて思ってしまうくらい間違いなく弓が好きなのだ、と垣間見せる仕草であり、つまり「『この人のさらりと流す』あてにならないやつだな?」となるところでもあり、「人の弓に弦を張るのは失礼だ」という筋の通し方をする彼の人となりが見えるところでもあります。
 余談ですが、HF第1章の「磨き終えた弓道場で、ふと一人、弓を引く真似をしてしまう士郎」は、この一見何気ない一文をしっかり汲んだ描写です。

 時計を見れば、とうに門限は過ぎている。
 時刻は七時を過ぎたあたり。この分じゃ校門は閉められてるだろうから、無理して早く帰る必要はなくなってしまった。
 ……それにしても。
 この道場ってこんなに汚れていたっけ。弓置きの裏とか部室とか、細かいところに汚れが目立つ。
「……ま、ここまできたら一時間も二時間も変わらないか」
 乗りかかった船だ。どうせだからとことん掃除してしまおう―――

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 はい、ここで思い出せプロローグ。「地獄に墜ちろマスター」だのとグダグダ述べながら、自分のぶっ壊した居間を「なにもここまで」というほど完璧に修復しただけでなく、頼まれてもいないのに厨房まで片付けてついでに採点までしていた赤弓がいましたね(2日目)。三つ子の魂すごいな君たち。
 採点オプションがついてくるのは成長と一緒に小姑特性を手に入れた赤弓ならではという気がしますが、ところで、赤弓の行き先が居間の次に厨房だったの、続きの間だからって以前にあいつの興味の方向が如実に表れたところでしたか……。

 さて、「どうせだからとことん掃除」が決め手になって、士郎の耳に剣戟が届いてしまいました。ここのイラストの見せ方、テキストの緩急を引きと寄りで盛り上げるカメラワークが、いま見ても作品を古くさくみせない。そりゃ2004年当時見たときは度肝を抜かれましたね。一枚絵が■■枚あるぞーすごいぞーの世界からいきなりここに連れて来られたから……。

 逃げなければと思う心と、
 逃げ出せばそれだけで見つかるという判断。 ……その鬩(せめ)ぎ合い以上に、手足が麻痺して動かない。
 あの二人から四十メートルは離れているというのに、真後ろからあの槍を突きつけられているような気がして、満足に息も出来ない。
(略)
 殺される。
 あの赤いヤツは殺される。
 あれだけの魔力を使って放たれる一撃だ。それが防げる筈がない。
 死ぬ。
 ヒトではないけれど、ヒトの形をしたモノが死ぬ。
 それは。
 それは。
 それは、見過ごして、いい事なのか。
 その迷いのおかげで、意識がソレから外れてくれた。

Fate/stay night 共通ルート3日目

 こうして見ると、士郎を運命に導いた偶然の一つは慎二の気まぐれ。そしてもう一つが「目の前のヒトガタの死の可能性」で、その対象が赤弓だったことは、赤弓側は士郎への殺意を胸に召喚されたこととの循環を思って感慨深いところです。
 余談ですが、ufo UBWのこのシーンは、士郎の「一瞬前に踏み出そうとしてたたらを踏む」足下を描くことでこれを表現していました。

 この後、ランサーに追い立てられ逃げ切れたかと思った所で声を掛けられる流れはまんまホラーで、「命の遣り取りだという点では伝奇もホラーも変わらないわけで、戦いにつきまとってしかるべき『恐怖』がこういう風に描かれてるの新鮮だなぁ」などと思ったものです。これは、本作全編を通して何度も思いました。

 よく見えない。
 感覚がない。
 暗い夜の海に浮かんでいる海月(クラゲ)のよう。
 痛みすらとうに感じない。
 世界は白く、自分だけが黒い。
 だから自分が死んだというより、
 まわりの全てがなくなったような感じ。
 知っている。
 十年前にも一度味わった。
 これが、死んでいく人間の感覚だ。

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 こんなところにも、「死んでいく感覚」が二度目のものであることが描かれている。
 7つのときから体験として死を知っている。今また、戦いが始まる前から、「どうしようもない相手に獲物として追い回されて殺される」体験まで刻んでしまった。
 士郎は「なんとかなるさ」なんて思えない人間なんだと、念を入れてダメ押しされています。そしてこういう体験を経た人間であることを踏まえて、この後のランサー襲撃で恐怖を呑み干す様をみる、と。

 このあと朦朧としている士郎のもとに凛が辿り着き、(深い、が実時間では1秒以内の)葛藤の後に士郎の治療を決断します。この治療の内訳が描かれているのはプロローグじゃなくてこちらです。

「……破損した臓器を偽造して代用、その間に心臓一つまるまる修復か……こんなの、成功したら時計塔に一発合格ってレベルじゃない……」

Fate/stay night 共通ルート3日目

 ウェイバーくんはどうやって時計塔に合格したんだ……。いや、「一発合格」が凄いのかもしれない。合格にも色々あるのかもしれない。

 士郎は最後まで治療者の正体に気付かないまま、活動を再開した心臓に士郎の意識が眠りに落ちて当シーンは終わります。