1日目:十年前の回想~朝

Rebirth

 本編スタート。死体の積もった丘にUBWの詠唱(アーチャーver)が重なります。
 この心象風景はセイバーとアーチャー共通のため、初見ではこの詠唱がセイバーの心象にも見える仕掛け。これが活きてくるのはUBWで、セイバーのそれに見えていた心象風景がアーチャーに「ずれこんで」行く感覚にゾクゾクしたものです。私は本当にこの手の仕掛けが大好きで。

 さて、始まるのは10年前、士郎を焼き尽くした大火災の回想です。

 生きのびたからには生きなくちゃ、と思った。
 いつまでもココにいては危ないからと、あてもなく歩き出した。
 まわりに転がっている人たちのように、黒こげになるのがイヤだった訳じゃない。
 ……きっと、ああはなりたくない、という気持ちより。
 もっと強い気持ちで、心がくくられていたからだろう。
 それでも、希望なんて持たなかった。
 ここまで生きていた事が不思議だったのだから、このまま助かるなんて思えなかった。

Fate/stay night 共通ルート1/31

「黒焦げになって随分小さくなった人たち」を見て、「助かって嬉しい」ではなく「自分だけ生きているのが不思議」。この時点で、この人にとってはもう自分が生きているのは「不自然なこと」なんだなと。
 だから、「周りのように黒焦げになりたくない」という願望より、「生き延びた自分は生きなければいけない」っていうルールに突き動かされて、「助かるとは微塵も思っていない」のに焼けた喉と手足で歩ける限り歩いて行く。
 誰も彼もが死んでいく中、士郎は奇跡的に助け出されます。体以外はみんな燃えてしまった、という独白はよく覚えていたのですが、今周は病院で目を覚ますシーンで不意打ちをくらいました。

 はじめての白い光に目を細めた。
 まぶしい、と思った。
 目を覚まして光が目に入ってきただけだったが、そんな状況に馴れていなかった。
 きっと眩しいという事がなんなのか、そもそも解っていなかったのだ。

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「はじめての白い光」なんですね。「はじめて」。一度心が死んだから。「眩しい」が「何なのか分からない」。
 燃えてしまった、は情報ですが、こちらはこの時の士郎がどんな感覚世界にいたのかを、端的に伝えていたんだな、と。描かれた風景は清浄そのものなのと相まって背筋が冷えます。
 ところで、ここで「一度心が死んだ」ことを強調されていますが、これは、「士郎には七歳以前の記憶がない」という意味ではありません。以下のように、士郎が過去をきっちり覚えていることはFateルート終盤「ほほをつたう」で描かれます。士郎は「忘れた」んじゃなくて、「振り返る事を己に禁じた」人ですね。

 切嗣に引き取られたあと。
 何度も何度も焼け野原に足を運んで、ずっと景色を眺めていた。
 何もなくなった場所にいって、有りもしない玄関を開けて、誰もいない廊下を歩いて、姿のない母親に笑いかけた。

Fate stay/night Fateルート15日目

 さて、士郎と切嗣の(二度目の)出会いのシーン。PC版では「僕は魔法使いなのだ」だった台詞が、レアルタ以降「僕は魔法使いなんだ」に変更になったところです。レアルタの発売日を考えると、Zero以降と言って良いかもしれない。

「こんにちは。君が士郎くんだね」
 白い陽射しにとけ込むような笑顔。
 それはたまらなく胡散臭くて、とんでもなく優しい声だったと思う。
「率直に訊くけど。孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな」
 そいつは自分を引き取ってもいい、と言う。
 親戚なのか、と訊いてみれば、紛れもなく赤の他人だよ、なんて返答した。
(中略)
「そうか、良かった。なら早く身支度をすませよう。新しい家に、一日でも早く馴れなくっちゃいけないからね」
 そいつは慌ただしく荷物をまとめだす。
 その手際は、子供だった自分から見てもいいものじゃなかった。
 で、さんざん散らかして荷物をまとめた後。
「おっと、大切なコトを言い忘れた。
うちに来る前に、一つだけ教えなくちゃいけないコトがある」
 いいかな、と。
 これから何処に行く? なんて気軽さで振り向いて、「――――うん。
 初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ」
 ホントに本気で、仰々しくそいつは言った。

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 ここで「荷物を散らかす」って凄いことじゃないかと。士郎は「体以外全部焼けてしまった」子供です。入院中に病院で支給されたもの以外に、恐らく財産らしい財産がない。散らかそうにも散らかすものがない状況で「子供から見ても不手際に散々に散らかしながら」切嗣は荷物をまとめている。大体、「一日でも早く」とその場で士郎を連れて行こうとするのからしてもうむちゃくちゃです。
 この文からは、大変に「浮き足立っている」切嗣が読み取れるのですが、台詞の変化にあわせてか、当時発売したZeroの描写に合わせてか、声の演技は非常に落ち着いたものになっています。

 士郎を引き取って二年ほど経つと、「今日から世界中を冒険するのだ」(ここの台詞は「冒険するんだ」に変更されていなかったり)と言って切嗣は家を空け始める。酷いときには半年に一度しか帰ってこなかったそうですが、士郎は「それでも、その生活が好きだった」と語ります。

 旅に出ては帰ってきて、子供のように自慢話をする衛宮切嗣。
 その話を楽しみに待っていた、彼と同じ苗字の子供。
 いつも屋敷で一人きりだったが、そんな寂しさは切嗣の土産話で帳消しだった。

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 この後も「子供みたいにはしゃいでいた」と回想される切嗣は、実際の所は泥に侵されており、そんなに元気だったわけがない。切嗣の「冒険」がそんなに楽しい土産話に満ちたものだったわけがない。それでも彼は、「士郎の半年の留守番が帳消しになるような楽しい土産話」を持ち帰る、「魔法使いの爺さん」であり続けた。

 俺はその、冗談とも本気ともとれない言葉を当たり前のように信じて、
「――――うわ、爺さんすごいな」
 目を輝かせて、そんな言葉を返したらしい。
 以来、俺はそいつの子供になった。
 その時のやりとりなんて、実はよく覚えていない。
 ただ事あるごとに、親父はその思い出を口にしていた。
 照れた素振りで何度も何度も繰り返した。
 だから父親―――衛宮切嗣という人間にとって、そんなコトが、人生で一番嬉しかった事なのかも知れなかった。

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 根源なんてものには興味がなかった、しかも奇跡に裏切られたところの衛宮切嗣が、どんな思いで「魔法使い」を自称したのかは推し量り難い。ただ、士郎が「魔法使い」の自分を肯定してくれたことは、切嗣にとって、本当にそれこそ人生で一番くらいに嬉しいことだったんでしょう。
 後に士郎は、切嗣と過ごしたこの時間を、純粋に楽しかった時間だ、と振り返ります。楽しむことに後ろめたさを覚える、「自分のために笑わない」ことを作中の色んな人物から怒られる、並行世界の同一存在がサバイバーズギルトの化身だったと自己分析する士郎という人間が、「純粋に楽しかった」と言ったのです。
 そんな時間を死にかけの体を押して贈ってくれたなら、確かに切嗣は士郎の父親だ。
 月下の誓いの「ああ、安心した」は理屈で考えたらもう全然安心じゃないのですが、この人たちがあまりに本物の家族だったせいで、「家族の話に口を出すわけにはいかない」と物語に説得されてしまった思い出です。

 回想終了し、舞台は現在に。土蔵で寝こけている士郎を桜が起こしに来てくれて朝が始まります。
 さて、当時のギャルゲー業界の「美少女とエロさえ入れれば後なにしてもおっけー」の文脈を最大活用して「だったらその『何をしても』の部分で本気の伝奇物やってやんよ」と世に出たのがFateです。で、あるからには、「朝起こしに来るヒロイン」くらいは様式として欲しいところ。大体、このシーンがないとHFまで桜の存在感が在りません。だがしかし、主人公の私室まで故なく押し掛けてくるヒロインは、幾らなんでもこの作品にそぐわない。……と、なると、「よく士郎が土蔵で寝こけてる」という設定は、その辺のバランスを絶妙に調整してたのかなぁと今になって思います。
 ここで、運命の舞台になる土蔵や衛宮の屋敷の所以の説明です。土蔵に関して、「元々は祭壇だったらしく床に紋様が」なんて話もさらっとでてきます。

 親父は土蔵に入る事を禁じていたが、俺は言いつけを破って毎日のように忍び込み、結果として自分の基地にしてしまった。
 俺―――衛宮士郎にとっては、この場所こそが自分の部屋と言えるかもしれない。
 だだっ広い衛宮の屋敷は性に合わないし、なにより、こういうガラクタに囲まれた空間はひどく落ち着く。
(中略)
 ともかく毎日のように土蔵に忍び込んでいた俺は、ここにあるような故障品の修理が趣味になった。
 特別、物に愛着を持つ性格ではない。
 ただ使える物を使わないのが納得いかないというか、気になってしまうだけだと思う。

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 やんちゃな幼年期の思い出として微笑ましいところですが、衛宮士郎の為人を考えるにもなかなか気になるポイント目白押しです。

「言いつけを破って毎日のように忍び込んだ」。「しなければならないと決めたこと」とは無関係に、「言いつけを破ってでもしたいこと」が士郎にあったこと
「ガラクタに囲まれた空間はひどく落ち着く」。こういう「嗜好」がこの人にあること
「修理が趣味」であり、にも関わらず「特別、物に愛着を持つ性格ではない」というところ
でも「使えるものを使わないのは納得いかない」という思考回路
 士郎の修繕スキルは彼の能力の本質ではありません。
 が、自分自身が壊れ物であるこの人が、壊れたものを繕う指を備えているという按配は、大変きのこ先生らしいキャラクター造形だなぁと思います。個人的には、とても好ましい。

 当シーンのタイトルは「十年前の回想~朝/Rebirth」。 士郎の回想は正しく一度死んだ彼のrebirthこと再生の記憶なわけですが、シーンタイトルをまとめてRebirthとしているのは目覚めと再生の意を掛けているからか。
 ヒュプノスはタナトスの兄弟、眠りは死の暗喩や見立てとしてよく使われますが、そう言えば士郎はスイッチ切った電化製品みたいに眠る人でした。