召喚翌朝の会話
凛による聖杯戦争システム独白の後、魔力が未だ全体の半量しか回復していない倦怠感溢れる起床シーン。時計を見たら9時で、学校はサボることに。
「指向性の散漫な命令が拘束力を持ってしまうくらいに凛は破格の実力を持っている」「それでもサーヴァント召喚の負担は一晩そこらで回復するものではない」というバランスが丁寧に書いてある流れです。
マレビトがやってくるのは伝奇物のお約束ですが、このプロローグから受けた「人を超えたものがヒトガタに収まって隣にいる」っていう昂揚と不安感。あの異種間コミュニケーションの雰囲気を書けるのが自分にとっては奈須きのこという作家の特性です。
でも聖杯戦争のサーヴァントに対してこの印象を持つには、一つには「サーヴァントシステムがプレイヤーにとって未知である」ことが要件なのかなぁ。未知への畏れと昂揚。サーヴァントシステムが全開示されて、それが前提となった地点からFateに入った方に、「あの!マレビト感!あれが凡百の作品と一線を画す所なんです!!」とどうお伝えすればいいのかとなると大変悩ましい。
……話が脱線しました。すっかり職業:ハイパーバトラーのイメージが定着してしまった赤いのも、初っ端からバトラーだったわけではなく、実は開始時点では居間の片付け命令に「地獄に落ちろマスター」なんて毒づいていたんですね、と思い出すのがこの前日のプロローグ一日目。
なるほど、定期的に原点に帰らないと色々忘れてるな……と読み進めて、凛が居間に顔を出します。
「なに、一晩過ごした部屋だからな。どこに何があるかは把握したよ。ああ、ついでだから厨房も片づけておいた。もう少し荒れているかと思ったが、なかなか気の行き届いた厨房だ。一人暮らしの洋館にしては上等だな」
Fate stay/night プロローグ2/1
前言撤回。ただのバトラーでした。
居間を完璧に修復&片付けたのみならず、「ついでだから」と頼まれてもいない厨房片付けに手を出して、挙句に採点までしやがりました。フォローのしようがなくバトラーです。もう少し率直な表現をするなら小姑です。
ところで、この「頼まれてもいないのに」片付けを始めた人のことを、本編三日目まで覚えているとちょっと面白いことになるのでご留意ください。
さて、ここでプロローグの名シーン。
アーチャーは噛みしめるように「遠坂凛」と呟いた後。
Fate stay/night プロローグ2/1
「それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に似合っている」
この時点でのアーチャーの記憶の状態については、著者から以下の解説があります。
ゲーム開始時、不完全な召喚のせいで記憶が曖昧だった、というのは半分ホントで半分ウソ。
召喚された夜、凛が眠った後に現状を把握し、今の状況を推測、推理し、自分が漸く目的を可能とする機会を得た、と確信した。
自分を召喚した少女が”遠坂凛”なのだと確信(記憶が曖昧なのではなく、そもそも遠坂凛という名称が摩耗していた)したのは、凛が自己紹介をした瞬間。「それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に似合っている」
あの時のアーチャーの呟きは本心からの、狂おしいまでの親愛がこもった一言だったのだ。
Fate/side material 用語辞典 アーチャーの項目より
「目的を可能とする機会を得た、と確信した」ということは、「目的は過去の自分の殺害であり」「何故そんな望みを持ったのか」も彼は理解していることになる。つまり、この日の朝の時点で記憶は回復していると読んでいいでしょう。
また、ここで彼に「狂おしいまでの親愛」を籠めさせたのは、「この」凛ではなく、「摩耗しても失われることのなかった、『彼の生前の人生における』遠坂凛との記憶」であり、彼の生前に思いを馳せるところであります。
見回り -新都の公園-
プレイヤーへの舞台解説という名の街散策、中間地点が第四次の終着点たる公園です。
「―――広い公園だ。だというのに人気がないのは、何か理由でもあるのか」
Fate stay/night プロローグ2/1
衛宮士郎が造り直された地に、プレイ開始早々アーチャーが足を踏み入れるというのは考えてみればいきなり衝撃の展開ですが、ここでは彼はおくびにもだしません。
ここは、この時点でもう固有結界に言及しているのが着目ポイント。
「だってそうじゃない。固有結界っていうのは魔術師にとっては禁忌の中の禁忌、奥義の中の奥義だもの。アーチャーである貴方が知ってるなんて筋違いよ」
Fate stay/night プロローグ2/1
でしょ? と視線で問いかける。
すると、隣でははあ、と大きなため息の気配。
「凛。英雄とは剣術、魔術に長けた者を指す。
アーチャーだからといって弓しか使えないと思うのは勝手だが、私以外のサーヴァントにそんな楽観は持たないでくれ」
プロローグなんてそれこそ最初の一回しか見ないケースが多いでしょうし、UBWまで行ったらこのシーンは結構忘れられているのではないかと。
また、「サーヴァントがどういうものか」については、以下の弓兵の言及も興味深い。ホロウ時空に慣れ過ぎちゃうと、どうも忘れがちになります。
「サーヴァントというのは霊体だ。その在り方は怨念、妄執に近い。故に同じ“無念”には敏感なのさ。町中でも濃い場所はあるが、ここは別格だ。我らから見れば固有結界のそれに近い」
ホロウは「あのサーヴァントが」人間みたいに生活してるところに、バランス一つで一瞬で崩れる危うい夢を見てるような味わいがあるのに、ついついただのあんちゃんたちにしてしまいがちで。
見回り -ビルの上-
士郎の視点と凛の視点が交差するシーン第二弾。
アイツがビルを見上げていたのはただの偶然だろう。
Fate stay/night プロローグ2/1
だから姿を見られた、という訳でもない。
……だっていうのに。
わたしは魔術師として気構えていた遠坂凛を、アイツに見られた事に気が立ってしまっていた。
初読の際はここで、「凛が弓道部を見に行く理由は士郎だろうか」というミスリードが働いているわけですが、この時点、実は凛は「中学の時に見た夕陽の高飛び」「妹こと桜がご飯作りに通っている相手」以外の士郎との接点を持っていない。それが「魔術師として気構えている自分」を「他でもない士郎に」見られたことで気を立てている、というのが興味深いシーンです。つまりその数少ない接点が、凛の中でどれだけのものかを測る材料になるわけで。
魔法っていうのは、「頑張ったところでどうにもならない、到達不可能なもの」であり、かつ、「全ての魔術師の目標」です。だから、「血反吐吐いて魔法を目指しても自分に見返りはない。だから後進に託すが、託してもどうにもならないことも知っている。それでも全霊を賭して歩む、そういう道に自分を放り込むのが魔術師だ」ということになります。
それを表したのがHFの凛の言う、魔術師の「才能ならぬ素質」の話。
自分以外の為に先を目指すもの。自己よりも他者を顧みるもの。……そして、誰よりも自分を嫌いなもの
Fate stay/night HFルート8日目
魔術は人倫を超越したところにあるもので、魔術師はシビアなリアリストでないと勤まらない。だから凛は「実際的な意味で」とても魔術師らしい。
でも、「原理的な意味での」魔術師の極北には、根源なんてものに欠片も関心を持っていない士郎の破綻が該当する。突き詰めに突き詰めると極点で反転が起こるんです。理論上予測された、現実には存在しない筈の何か。
だから、HFで語られる夕陽のシーンは「高飛びしてたらヒロイン二人釣れるとか流石ギャルゲー主人公ww」なんて生易しい話じゃない。また、凛の一目惚れなんていうスウィーツなシーンでもない。
魔術師としてメンタルでもフィジカルでも最高のプラグマティックな適性を持った凛が、魔術師として最も原理的な素質=人としての破綻の現れと遭遇して、かつ、それをを否定できなかった。それができたら、どんなに純粋なことだろうと、ずっと無自覚に胸に刻んでいた。そういう、Fateのテーマの根幹に関わるシーンです。
個人的に、凛のことを「ヒロインだなぁ」と一番思うのはここです。ヒロインは三者三様、士郎の側面を抉り出してみせて、どれもが話と密接に関わっていて優劣をつけるようなものではないですが、でもラストエピソードから「アーチャーの結論」たるCCCまで続くテーマへの切符になるのはこの側面なんじゃないのかな。
見回り -ギル&桜を目撃-
新都から深山町に戻ってきたシーン。
ここでギルガメッシュに絡まれている(実際は、ギルにしては珍しい思い遣り忠告「お前今の内に死んでおけ」を聞かされている)桜と遭遇し、発見されないように隠れます。
「凛、知り合いとは外国人の方か?」
Fate stay/night プロローグ2/1
「いいえ、知らない。このあたりは洋館が多いから、どっかよそから遊びに来てるんじゃない?」
と、そこまで口にして、我ながらあの子が絡むと甘くなるな、と反省する。
「……アーチャー。あいつ、人間?」
「さあ。実体はあるから人間なのだろう。少なくともサーヴァントではない」
これ、考えてみれば変な台詞なんですよね。自称記憶喪失の弓兵さんは、建前上、事前知識のない初見の所感を述べていることになっている。「明らかに凛と同世代の女学生に、謎の赤目パツキン外人が絡んでいる」という構図を見て、「外国人の方が凛の知り合いじゃないか」という発想は相当に不自然だと思うのですが如何か。凛は「なんでそっちが知り合いだと思うのよ」くらい言っていい。
わざわざこんな(不自然な)確認をしてきたということは、「自分の記憶に無いところで(あるいはこの世界線では)遠坂家とギルの間に要らん縁ができてたりしないか」とカマをかけたのかなぁと思うのですが。
加えてこれも人様に言われて気がついたのですが、「外国人」です。
外国人。
仮に、ブリテン王たるセイバーさんがアーチャーの立場だったとして「凛、知り合いとは(あなたにとっての or この国における)外国人の方ですか?」と言うだろうか、という話。
あるいは、例えば日本人が外国に出かけて、現地の人と人種が違いそうな相手の素性を確認したいと思ったときに、周りに向かって「あそこの外国人は誰ですか」と聞くか、という話。
……この台詞、ほぼ「オレ日本人です」って言っているも同然では? しかも「あいつ人間?」「さあ。」ってどんな会話だ。
前述のとおり、アーチャーの記憶は戻っていると読むのが妥当です。いや、戻っても「17の時のこととか細かい部分覚えてるわけが」があり得るのが彼ですが、この後のシーンで彼はランサーの正体を知っている。また、UBWで彼はライダーと遭遇していないにも関わらず彼女を知っている口ぶりだった。これで、ギルのことだけ忘れちゃった★ということはないでしょう。前述の不自然質問がカマかけなら、益々ギルを認識できていないとおかしい。
と、なると、ここの「少なくともサーヴァントではない」は弓兵にしては珍しい明らかな「嘘」になるのかもしれません。ここで凛にギルの正体明かしても、何でそんなこと知ってるのか説明ができませんし。
UBWに以下のような台詞があるくらいで、珍しいんですけどね。弓兵の「嘘」。
「……そうね。けど、自分のサーヴァントが傷を負って帰ってきて、しかも魔力が空っぽなら何かあったって思うでしょ。
Fate stay/night UBW7日目
あいつ、隠し事はするけど嘘はつかないから。何をしてきたのか訊ねたら、あっさり白状しやがったわよ」
この通りマスターにも「嘘はつかない」と評される男の「珍しい嘘」。「あの木訥男が上手いこと誤魔化せるようになって……」とほろりとするところか、というと、どうでしょう。上手いでしょうか。
ここ、視点の人物たる凛からツッコミが入らないのは、単に彼女が桜をガン見しててアーチャーに注意を払っていないからなんじゃないかという気がしてなりません。「我ながらあの子が絡むと甘くなるな」とありますが、正に。