登校 -鮮血神殿発見-
再び遠坂邸の朝。今後の方針の話。
「わたしはマスターになったからって、今までの生活を変える気はないわ。それにマスター同士の戦いは人目を避けるモノでしょう? それなら人目につく学校にいれば、不意打ちされる事はまずないと思うけど」
Fate stay/night プロローグ2/2
身近にマスターがいることを疑う場合、聖杯戦争開始日いきなり行動パターンが変わるというのは、正体を隠す上でも悪手。なので、このあと士郎が頑なに登校しようとするのも「身を守る手段があるのなら」間違いではないんですけどね。あるのなら。
もっとも凛は「敵マスターは全員外様」と考えているので、彼女の場合は単にポリシーの問題でしょうか。
「あのね、遠坂以外の魔術師の家系がいるんなら、まっさきに確かめるのは当然でしょう。
Fate stay/night プロローグ2/2
そいつ、マスターにはなってなかったし、あっちの家系の後継者にはマスターになるだけの魔力がないから無視してかまわないわ」
「そうか。つまり凛の通う学校には、もう一人魔術師がいるのだな。だがマスターになれるほどの魔力を持ち合わせていない、と?」
「そいつ」が桜を、「マスターになるだけの魔力がない後継者」が慎二を指しますが、ここも初読だと士郎の話にミスリードできる仕掛けです。
「他のマスターは冬木の外からやってくる奴らで学校には来ない」と言い張る凛に、アーチャーさんはかなりしつこく「学校にマスターはいないのか」と言い続けます。
「だからもしもの話だ。物事には常に裏目が存在する。
Fate stay/night プロローグ2/2
本来あり得ざる事が起こるのもまた運命だ。
もしそういった事態になった場合、私に八つ当たりをするのだけは思いとどまってほしいと言っているのだ」
ふっ、と乾いた笑みをこぼすアーチャー。
まぁ、記憶が戻ってるなら笑みも乾くというものでしょう。学内マスター大豊作です。この後、凛の言質をとったアーチャーの立ち絵がイイ笑顔なのも芸が細かい。
で、およそ30分後、凛の目算は鮮血神殿発見であっさり瓦解するのでした。
この登校シーンには、葛木先生のプリントを運ぶ桜との遭遇も含まれます。初読だと、この時点では姉妹だとか夢にも思っていないわけですが、二周目以降だと印象の全く違うシーンです。
「慎二がまた何かやったら言いなさい」とか、なかなか間桐の事情に突っ込んだこと言ってるんですよね、凛。それに対する「兄さん、この頃は優しいんですから」が、正確には「偽臣の書を譲り受けて、ねんがんのまじゅつしになったぞと舞い上がっててハイ」の意だっていうのがなんとも。これを「優しい」って言っちゃうのが桜だなぁ。
校舎に残って結界の下調べ
鮮血神殿に絡めて
- 型月世界における結界の定義
- 結界で魂を集めると言う『無駄』の不可解(つまり、型月世界における魂の位置付け)
- サーヴァントは魂(と精神)を喰らうものであるという設定の開示
- 人を餌にするという戦術を切って捨てる、凛とアーチャーの人となり
という情報が、整然とみっしり収まっているのに今さら気づいて感心します。また、普段皮肉だの偽悪的な物言いの多い、士郎のことを甘い甘いと罵倒する弓兵の、素がだだ漏れているシーンです。
「それ、癇に触るわ。二度と口にしないでアーチャー」
Fate stay/night プロローグ2/2
地面に描かれた呪刻を見つめながら告げる。
アーチャーは、なぜか弾むような声で「同感だ。私も真似をするつもりはない」
そう、力強く返答してくれた。
こういう風に、凛が触媒になって弓兵が「かつての自分に戻る」からこそUBWがあるという。
ここは、魔術刻印が「魔道書」として使われていることがきっちり描写されたレアなシーンでもあります。結界消去を記述した一節があるってことは、遠坂の前五代の当主の中には結界に関する魔術体系を「手にとれるようになるまで」修めた人がいるんだろうか。
ランサー遭遇~アーチャーVSランサー
「なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」
Fate stay/night プロローグ2/2
最近すっかり気のイイ兄ちゃん扱いの槍兵ですが(それも事実ですが)、こういう面もあるんだよなぁこの神代のイキモノ。
十メートルの距離を隔てた上空で、そいつはわたしを見下ろしていた。
Fate stay/night プロローグ2/2
夜に溶け込む深い群青。
つりあがった口元は粗暴で、獣臭じみたものが風に乗って伝わってくる。
……獣の視線は涼やかだ。
青身の男は、この異様な状況において、わたしを十年来の友人みたいに見つめている
「十年来の友人みたいに」っていうのが、心からのものだろうってのが、いきなり違う世界のイキモノで怖い怖い。ここから一連の、人の域を逸脱した怪物と遭遇した手触りに問答無用で引き込まれた思い出です。
ところで、ここ、凛が100メーター7秒で走り抜けるというド健脚を披露しています。強化魔術描写はないから、単に魔力でブースト?
凛の号令を待って猛攻をかけるアーチャーさん、最初は剣一本で応戦するというタヌキっぷり。
弓兵なのに短剣で応戦、しかも次から次へと剣の出てくるでたらめぶりに、初読時は、なんだなんだとそりゃもうワクワクしたものです。
「そういう君は判りやすいな。槍兵には最速の英雄が選ばれると言うが、君はその中でも選りすぐりだ。
Fate stay/night プロローグ2/2
これほどの槍手は世界に三人といまい。加えて、獣の如き敏捷さと言えば恐らく一人」
かっこよく決めていますが、記憶が戻ってるならここは既知の解を披露しているだけか実は。うん、やっぱりこの人ちゃんと芝居打てるようになったんだなぁ。
「―――ならば食らうか、我が必殺の一撃を」
Fate stay/night プロローグ2/2
「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」
さて、この挑発の真意ですが、本当にゲイボルグ来ちゃったらどうする気だったのかこの幸運E。
あの槍は常識外の幸運でしか覆せない呪いで、実際刺しボルグの方が来ちゃったらアーチャーは猛烈に下がるしかない、というのがきのこ先生の談ですが、正直下がってどうにかなるもんなのかという疑問もある。だって、只でさえ敏捷MAXの相手が前方に突撃をかけて、対する弓兵は後ろに下がるんですよ。逃げ切れる気が全くしない。
ここの実情は、以下どちらなんでしょう。
- ランサーの初見引き分け縛りまで思い出してのことだった。相手が全力出せない今の内にケリをつけられれば行幸。仮に刺しボルグが来たとしても縛りつきならなんとかなる。
- ここで士郎(自分)が見つかって中断になるのを織り込み済み
「命の恩人が残したペンダントを死ぬまで(死んでも)持っていた」弓兵さんは、つまり蘇生が必要になった原因=かつての自分が殺されたという事実は記憶している。ただし、状況の詳細となると忘れてしまってる可能性も大。磨耗以前に、生前の彼の人生は聖杯戦争の後も十年以上続き、そっちの時間の方が波瀾万丈だったわけで。
ただ、ここは、「殺されるのが士郎(自分)だと知っていた」という事情でないと、以下の手抜き対応の理由が説明しづらい。
「そのようだな。おかげで命拾いしたが」
Fate stay/night プロローグ2/2
冷静に言うアーチャー。
……いやまあ、それは確かに助かったけど。
「……失敗した、ランサーに気をとられて周りの気配に気づかなかった……って、アーチャー。アンタ、何してんの」
「見て判らないか。手が空いたから休んでいる」
目撃者が犠牲になろうが知ったことか、という態度。彼のシビアさあるいは露悪の現れととるには、先程の見せた素の善性からして違和を覚える。士郎が犠牲になることを織込み済みだった、と読んだ方が収まりが良さそうですが。と、なると次のシーンが面白い。
瀕死の士郎を発見~蘇生
ひどく冷たい廊下には、床に倒れた生徒と、立ち尽くしているアーチャーの姿があった。
Fate stay/night プロローグ2/2
「………………」
彼は、ただ呆然と生徒を眺めている。
これは凛の主観なので、実際に彼が呆然としていたのかは定かでないのですが、でも前述の通り彼が「士郎の死を織り込み済みで動いていた」なら、その死を前に「呆然として見えた」っていうのは興味深い。
分かっていても、打たれざるを得ない光景だったのか。
この死を経て衛宮士郎の人生は彼に一歩近づく。
これは、目の前の死体が「奇跡に賭けてまで殺したいと望んでいる存在」に「近づいた」瞬間であり、
仮初めとはいえ「奇跡に賭けてまで殺したいと望んでいる存在」の死であり、
また、かつて自分が乗り越えた死でもある。
さて、ここで描かれているのは、治療を決意するまでと治療後で、治療中の描写は士郎視点の本編にあります。「こんなの時計塔一発合格レベルじゃない」みたいな凛の台詞をお探しの方、あれは本編です(私はそれを忘れて、この間探し回ってました)。
この頃は時計塔が本当に凄そうでした。Zero初版当時の私の疑問は「ウェイバーさんは一体どうやって時計塔に潜り込んだんだろう……?」だったものです(化物しかいないイメージでした)。意外とマンモス体制でしたよね時計塔……。
遠阪邸帰宅(ペンダント返還)
士郎を蘇生させて帰宅し、頭を切り替えて戦闘の分析と振り返りをする凛の元に、ランサーに撒かれたアーチャーが帰ってきます。これが23時頃。ちなみに士郎の蘇生は20時頃。タイムテーブル作りたくなりますねこの辺。
「ええ。父さんの形見だけど、別に思い出はアレだけって訳じゃない――――」
Fate stay/night プロローグ2/2
「―――よくはない。そこまで強くある事はないだろう、凛」
睨むようにそう言ったあと。
アーチャーは、学校に忘れてきたペンダントを取り出した。
そうして、アーチャーが手にしたペンダントが永すぎる時を経て別の世界線の持ち主の元に戻ります。ところで、ここのアーチャーの台詞は、UBWで士郎が凛に対して言うこととそっくり。
「―――だって、遠坂の方が辛いだろう」
Fate stay/night UBW12日目
「―――――――」
「だから戻ろう。家に帰れば、弱音を吐いてもいいんだから」
……ああ、だから少しでも早く戻りたかった。
いくらなんでも、そこまで強くあるコトはないんだ。
自分の家、自分だけの部屋に戻れば、遠坂だって気兼ねなく文句を言える。
衛宮士郎からどう磨耗しても失われない、彼の核みたいなところから出てくる台詞なんだなぁと思わされます。
……やっぱり、どう見ても魔力は残っていない。
Fate stay/night プロローグ2/2
空になったそれは、高価だけどやっぱりただの宝石で、これといった力はない。
この直前の振り返りで、凛は「形見の宝石に魔力が残ってるにせよ、それは自分の10個の切り札に及ばない」と言っている。「切り札には及ばない」って、それ結構残ってるんじゃない?と思わされるんですが、ところが実際に(弓兵を経由して)手元に帰ってきた宝石は空になってるんですね。
この食い違いが、言葉のあやではなく伏線だったと明かされるのはなんとHF。流石に覚えてる人はなかなかいなかったんじゃないかと思われますが、こういう仕込みがあるのとないのでは多分印象が違ってくる。料理に凝った下拵えするようなもんでしょうか。加熱したらそんな繊細な香り全部飛ぶじゃん? ではなく、やっぱり最後にクォリティの分水嶺になるのはその辺だったりするもので。
士郎が狙われることに思い到って駆けつける
ここでアーチャーがセイバーに斬られたのは「『塀を飛び越えて上方(死角)から奇襲をかけてきたセイバーに、咄嗟に反応できなかった凛』を庇って」です。奇襲に反応できずに諾々と斬られたわけではない、と声を大にして言わせてください。
「地獄に落ちても忘れない」セイバーが召喚されていることは当然理解していた筈で、だったらこの時、彼は凛を全力で下がらせるか、迎撃に備えろと叫ばないといけなかった。落ち着いて「これで全員揃ったぞ」とか言ってる場合じゃなかった筈なんですが、「セイバーと敵対する」って覚悟がこの時点までどっかで決まってなかったんですかね。後々凛にも言われています。
「そうなんだけどねー。やっぱりさ、アイツってセイバーに縁の騎士だったんじゃないかな。
Fate stay/night Fate13日目
初めてセイバーと戦った時、アイツ明らかに手を抜いてたでしょ。あの時から怪しいって思ってたんだ」
家屋二軒くらい余裕で更地にするという凛の大魔術を、ただそこにいるだけで無効化するセイバーさんの絶望的な死神っぷり。人間の最高峰たる凛と、具現した「伝説」の間にある格差を思い知り、露になるご尊顔の可憐さに呆然としてプロローグ了。次から本編です。